夕暮れになり、体育館でイベントなどが始まった。何をやるのと三森が聞くと、桐は美人コンテストです、と答えた。
「そんなのやってるんだ」
「毎年恒例ですよ。そうだ、三森さんも出てみたらどうですか?絶対に優勝出来ますよ」
「‥‥また今度ね」
はにかんだ笑みで、三森は桐の提案を切り抜けた。自分が綺麗だとか、そういう事を考えた事は無かったが、人前に出てそれをアピールするのは、どう考えても自分の性にあってないだろう、と三森は思った。
「そう言うと思いました。それじゃあ、私のクラスに行きませんか?」
「えっと、フリーマーケットだっけ?」
「はい。欲しい物とかあるかもしれませんよ。せっかくですから、行ってみましょう」
体育館にいると、無理矢理にでも美人コンテストに出されてしまうような気がしたので、桐の申し出を受ける事にした。
桐のクラスに来ると、数人の女子と男子が店番をしていた。四角の形に机が並べられていて、その中に店番が立っている。机の上には生徒達が持ち寄った物が色々と並べれている。
来た時間が遅かったからか、物はもうそれ程多くない。
「あっ、桐ちゃん‥‥と、狩野先輩」
女子の1人が桐の姿を見て声をあげるが、一緒に来た三森の姿を見て固まってしまう。同学年の生徒でさえあまり彼女に声をかける人はいないのだ。低学年なら尚更だろう。
「静ちゃん、売れ行きはどう?」
そんな彼女の態度を知ってか知らずか、桐は気さくに声をかける。静ちゃんと呼ばれた女子は少し戸惑った仕草を見せたが、相手が桐だと元に戻った。
「いいよ。全部は売れないと思うけど、予想以上にたくさん売れたわ」
「良かった。三森さん、見て行ってください」
「ええっ」
静ちゃんの態度は特別なものではないので、三森は気にせず机の上に並べれている物を見て回った。
タオルや漫画本、音楽CDなど色々な物が並んでいる。しかし、売れ残りだからか、少々目につく品が少ない。
生徒達の目はそんな三森に注がれている。男子達はその美しさに見とれ、女子はその気品さに見とれている。
「桐。本当に狩野先輩と仲良かったんだね。噂では聞いてたけど」
三森と桐が離れているのを見て、静ちゃんが小声で桐に言う。
「いい先輩だよ」
「恐いとは思ってないけど、何か住む世界が違うって言うか‥‥」
「静ちゃん家の近所だよ、三森さんの家って」
「‥‥そういう意味じゃないんだけどね」
静ちゃんは苦笑いを浮かべ、レジの近くに戻った。
三森は直接目では見ていなかったが、今の会話を聞いていた。静ちゃんの言った事は特別気にはならなかったが、やはり桐にも自分以外の友達がいる事を知り、少しだけ切なくなった。
彼女が自分の物ではない事くらい分かっている。でも、彼女には自分以外の友達もいて、でも自分には彼女以外の友達がいない。
それを思うと、何だか悲しくなった。
その気分を紛らわせるかのように、品物を見て回る。その時、ある物が目に止まった。
ピアスだった。ガラスの人魚のオブジェのついた、どこにでもありそうなピアス。だが、それが妙に気になった。
「きっと似合うと思いますよ」
突然声が聞こえる。顔を上げると、綺麗でも不細工でもない、普通の男子生徒が立っていた。普段あまり男子と話をしない三森は、どう答えていいのか分からず、口ごもってしまう。
男子生徒はそんな三森の性格が分かっているのか、そのまま言葉を続けた。
「僕の姉のなんですけど、就職したんで使わなくなったんです。安いですし、どうですか?」
「でも‥‥私、耳に穴空いてないし」
「これは穴を空けてなくてもつけられますよ」
「そうなんだ‥‥」
値段を見てみる。十分に買える値段だ。でも、自分にピアスなど似合うだろうか?ただでさえ化粧気の無い自分だ。何か耳だけ浮くような感じがする。
「狩野さんなら、似合うと思いますよ」
「そうかしら‥‥。あんまりこういう物つけないから」
「最初はみんなそうです」
この男子はなかなかうまい事を言うな、と三森は思った。
「じゃあ、これください」
こう言ってしまう自分がいたからだ。男子生徒は笑顔でそのピアスを小さな紙袋に入れてくれた。
夕暮れも過ぎ、夜がやってくる。それでも文化祭は終わらない。コンサートがまだ残っているのだ。昼間の間は他のイベントやクラスの出し物もあるので、それ程の賑わいが無いが、 夜にはコンサートしかないので、校庭は夜とは思えない熱気に満ちる。
ライトが煌々とついているのも、それを助長させた。
「まるでどこかのダンス会場みたいだわ」
校庭の隅で、三森が呟く。その隣には、勿論桐がいる。ライトが当たるギリギリの所なので、辺りに人は少ない。
今、ステージには、女子生徒が静かなバラードを歌っている。しんみりといい空気が夜の校庭を包んでいる。
「何買ったんですか?」
「ピアス。何かとても気に入ったから」
三森は袋の中からピアスを取り出す。ライトの光を浴びて、ガラス製の人魚はキラキラと光っていた。
「可愛くて素敵ですね。私につけさせてください」
「いいわよ」
三森は桐にピアスを手渡す。桐は嬉しそうにピアスを手にとり、三森に近づいて、耳に手を近づける。三森は目を閉じて動かない。
「ちょっとね、嫉妬したわ」
「何がですか?」
「さっき桐のクラスに行った時。ああっ、やっぱり桐は私以外にもたくさん友達がいるんだなって」
「‥‥私もちょっと嫉妬しましたよ」
「何が?」
「影山君、そのピアスを紹介してくれた男子ですけど、ああっ、三森さんでも男子とお話出来るんだなぁって」
三森の耳にチクッとした痛みが走る。ピアスがついた痛みだが、それはまるで互いの嫉妬に対する心の痛みのようだった。
片耳がつけ終わり、もう片耳に桐の手がのびる。
互いの顔が近づく。いつかのボートの上での出来事を彷彿とさせる。
「違うのよ、桐。あれはただ向こうから言ってきただけで‥‥」
「分かってます。‥‥はい、終わりましたよ」
桐の顔が遠ざかる。三森は自分の手で確かめてみる。すぐさま、桐はスカートのポケットの中から手鏡を出してくれる。
鏡を覗き込む。そこには、少しだけ大人っぽくなった自分がいた。
「似合うと思う?」
「はい。とても綺麗だと思います」
手鏡をしまい、桐はにっこりと笑う。
「今度、一緒にどこかに行こう、桐。その時、桐に似合うピアスを買ってあげる」
「はい」
互いに嫉妬はしたが、それは結局互いの関係をより強めるだけだった。
どちらが言うでもなく手を繋ぎ、額を合わせる。宇宙人ではないけれど、それだけで互いの思っている事が分かるような気がした。
「また、あの時みたいな事していい?」
「私もそれ聞きたいと思ってました」
静かなバラードが校庭内に響く中、誰も見ていないその片隅で、三森と桐は夏休み以来、2回目の口付けをした。
文化祭が終わると、また何でもない日々がやってくる。文化祭の時はあれだけはしゃいでいた生徒達も、またいつもの怠け者に戻った。
太陽が段々と冷たくなってくる。まだ大丈夫だが、後1ヶ月もすればコートくらい必要になるだろう。
ある日の図書館。そこにはいつもの光景が広がっている。椅子に腰掛け、三森に髪の毛の手入れをしてもらう桐の姿。誰にも見られていない時間。それが2人にとって至福の時間だった。
「いつにしますか?」
桐が聞く。
「この間言ったピアスの事?」
「はい。今週の土日とか空いてますよ」
「私も空いてるわ。じゃあ、その日に行きましょう」
「はい」
何気ない会話、何気ない仕草、何気ない触れ合い。全てが万華鏡のように、一つとして同じものは無い、かけがいの無いもの。
明日も明後日も同じ事をするだろう。週末には2人でピアスを買いに行くだろう。そうしてまた同じ日が続く。そしてやがては卒業して、離れていく。その後、どうなるかはまだ誰にも分からない。
でも、だからと言って今を楽しまないのは悲しい事。その瞬間は一度過ぎたら、もう永遠に戻ってこない。だから、2人はいつまでも一緒にいる。
遠い未来、昔を邂逅しても笑っていられるように。
終わり
あとがき
バラナイフの恋、最終章です。
最初の1章こそ、ちと考えて書いてたんですが、2、3はほとんど難しい事は考えずに書けました。自分で言うのもなんですが、それほど設定がはっきりしてたので、物語を作るのに苦労しなかったんですよね。
続きを書こうと思えばいくらでも作れるとは思いますが、とりあえず私ん中ではこれで2人の耽美な物語は終わりです。
最後まで読んで頂き、本当にありがとう御座いました。